平野紫耀さんは子供時代はヤンチャ少年だったコトは有名です。
お母さんや学校の先生、学校の友人も心配するほどだったんだとか。
今回は平野紫耀さんの子供時代のエピソードをお伝えしていきます。
目次
【平野紫耀】子供時代のヤンチャエピまとめ!幼少期編

紫が好きな母親が「名前に紫を入れたかった」ということで「紫耀」と名付けられた平野紫耀さん。
そんなお母さんですが、「ヤンキーで怒ると怖い」と平野紫耀さんは語っています。

ヤンキー気質の母親の遺伝を引き継いで、平野紫耀も幼少期からヤンチャしていたんだとか。
5円玉と5円チョコを間違えて食べる

「5円玉をよく食べていた」と仰天の告白をした平野紫耀さん。
良心が自宅で5円玉貯金をしていたようで、その5円玉を良く食べていたんだとか。
では一体なぜ5円玉を食べていたのかというと、お菓子と間違ってしまったから。

母親が5円玉を食べていることに気が付き病院へ連れて行くと、胃の中から5枚ほどでてきたそうです。
平野紫耀は幼少期から骨折しまりだった

幼少期からヤンチャな平野紫耀。
2歳ですでに足首を骨折しており、足首にギブスをしているのがわかります。
「自分の限界を試すために無茶をしたくなる」
そして無茶をしすぎた結果、骨折を繰り返していました。

ちなみに、電柱にパンチして骨折したと話したこともあります。
母親も何度病院へ連れて行ったことでしょう。
平野紫耀の初恋の相手は保育園の先生!

平野紫耀の初恋は4歳のときでした。
2018年に公開された映画「ういらぶ。」のイベントで話しています。
「目の中に ハートができた 4歳児」
この句で初恋エピソードが明らかになりました。

相手は40歳の先生で包容力にやられてしまったそうです。
とても優しい先生なのかと思いきや、怒るときはビンタをされたといいます。
4歳の平野紫耀さんはビンタを愛のムチとして受け止めていたようです。
【平野紫耀】子供時代のヤンチャエピまとめ!小学校編

平野紫耀さんのヤンチャは小学生になり、更にレベルアップしていきます。
川へダイブしたり、自転車で崖に飛び込んだりするコトも多くなり、骨折を度々していたそうです。
窓に登って登校したコトも!?

学校に到着すれば、玄関から入り階段を上り、ドアから「おはよう」と挨拶するのが一般的。
しかし、平野紫耀さんは窓から登校したことがあるようです。
窓には野球部が練習するときのボールで窓ガラスが割れてしまわないようにネットが張られていました。
平野紫耀さんはネットをよじ登り、窓から「おはよう」と登校したんだとか。
小学生時代からスポーツ神経万能だった!

ダンスにバトミントンにスポーツ神経抜群だった平野紫耀さん。
ダンススキルが見事評価され、ジャニー喜多川に見いだされてそのままジャニーズ事務所に入所しました。
中学1年生のときにバドミントンで愛知県1位に!

平野紫耀さんは小学4年生からバトミントンもやっていました。
中学1年生のときには地元の愛知県で1位になったことがあるようです。
小学生時代はモデル活動!

平野紫耀はジャニーズ事務所に入所する前、小学生の時から芸能活動をしていました。
名古屋の「セントラルジャパン」に所属し、モデル活動を行っていました。
スーパーの広告にも掲載されています。
平野紫耀の卒アル写真も

こちらが平野紫耀の卒業アルバムの写真。
芸能活動をしていたとはいえ、小学生らしいあどけなさが残っていますね。
まとめ
大人になった今となっては愛される天然王子となった平野紫耀。
しかし、子ども時代のヤンチャっぶりが天然王子を作り上げているようです。
大人になってもヤンチャな天然伝説をつくりあげてほしいです。

